ザスピリットオブアデッドパーソン

　駅から５つバスに乗り、降りてすぐの５叉路には、その交差点を覆い尽くしそうな大きな木が被さってきています。　風の吹く日は下を向いて通ります。それでも地面には葉が揺れる様子が写し出されます。その交差した路から３軒目。横にはどぶ川があって、ほとりの公衆電話ボックスが夜遅くても明るく路を照らしています。ハタチ頃の１年間「ぼろ家」に住んだことがあります。古い木造の平屋建てです。

　仕事を終えてからショッピングをして食事をして夜遅く帰る私はバスを降り交差した道から３軒目の家へと急ぎます。雨の日には交差点の大きな木は低く垂れ下がり、いくら下を向いても目の端に入ってきます。階段を５段上がりガラガラと音の出る引き戸を開けると少し広めの石の玄関があります。足のせ階段が１段あり障子がある。その後ろは２帖の畳になっている。少し料亭のようなそんな造りになっている。そこにはトイレの引き戸と、居間へ続くふすまがある。私の部屋は居間を通り抜けた床の間がある部屋です。そこからは縁側があり、居間を通って板張りのすきま風がはいりそうな台所まで続いています。

　その日も私は仕事から「ぼろ家」へ帰ります。お風呂へ入っていつものようにマニキュアを塗り直します。まだ乾かないので爪を気にしつつ電気を消してふとんに入ります。そして夜中に何度も母を呼び、電気をつけて探し回ると言うことを繰り返します。

　ネコがね、くるのです。家では飼っていないのですが、そして姿を見たものもいないのですが来るのです。

　その日は枕元の押入のふすまを、すすーっと１０センチあけて、私の布団の左側を回り込んで足の上にちょこんと乗りました。暗い部屋でも大きさでネコとわかるのです。力を込めてふとんの下からやっとけとばすのです。トンと左側へ飛び退きました。翌日母が押入を調べたら屋根裏へ続く板が外れていたと言っていました。

　毎日毎日金縛りが続き、そのたびに母を呼び部屋を点検してもらいました。妹に一緒の部屋に寝てもらったら、妹も金縛りに遭うようになりました。どちらかに来たら引っ張ろうということで、お互いの手にひもをくくりつけて眠ったりもしました。効果は試せませんでした。動けませんから。

　母はずうっと専業主婦でしたが、このころからセイロン大使館で働いていました。母の背よりも大きな犬の世話までしていました。父も母も私も仕事で帰りが遅く１番早くこの家に戻るのは学生だった妹でした。夕方家に入るの怖かったよう、とつい最近聞いて驚きました。外も暗くなり縁側の方から雨戸を開けて障子を開けて、電気のひもを捜し引っ張るのはほんとに怖かったようと言いました。

　私は皆が帰って明るくなった家に玄関から入るので、そんなこと考えもしなかったことです。

　掃除したばかりのトイレにながーい白髪が１本落ちていたというのは、恐がらせてはいけないと思ってとしばらくしてから聞いたことです。

「あの家ちょっとおかしかったね」

横浜へ引っ越してから言ったものでした。

　ザスピリットオブアデッドパーソン又は、アジャックオランタン、いわゆる火の玉を見たことがあります。「ぼろ家」に移る数年前のことでした。ある夏の夜ふと起きた私は夜の景色を見たいと思い窓に近寄りました。左から右へと見渡してから寝ようとすると右の方にぽっぽと燃えているものがあるのです。

それは直径５センチで炎が１０センチでした。階段の踊り場の外側にあるひさしの上に、まるで腰掛けて休んでいるように燃えていたのです。

さすがに窓は開けられません。母と妹を起こしました。２人とも、ある、燃えてる、といいました。父にも声をかけましたが起きてはくれませんでした。３人で悩んだあげく、怖いから寝ましょうとなった。

　翌日その場所を見たら、白くなっていました。キャー。