ザ・ホワイトハウス(洪水)


 「家から富士山が見えると言うとうらやましがられる」
夫が言った。私は東京タワーの方がうれしいんだけどね。だいたい閉まっている和室のふすまを開けると部屋が明るくなる。だいたい閉まっている事が多いので、開けると驚くほど明るい。それにしても1年も気が付かなかったなんて、なんてのんびりやさんなんでしょう。

 和室の窓の真前に夕焼けが広がっている。
 ずうっと先まで見渡せる。
 「夕焼けの中にある山は・・。きれいな山だわ、おや、あのシルエットはひょっとして富士山じゃないかしら。そうよ富士山よ」
 引っ越して1年してから気が付いた。それをみつけてからは、驚くほどくっきりはっきりしているときや、雪の冠ができたときや、全部が白い時、夕焼けの中に舞台装置のように浮かび上がる富士を「見てごらん」と夫を呼ぶ。

 ニッポンジンのあこがれ、ニッポンの象徴である富士山を、そこにあるのにみのがしていたなんて。普段は又すっかり忘れていて、洗濯物を干す時などに、マミ(母親)が住んでいるのは、あの富士山の左側だ、と思ったりする目安になっているだけ。
 練馬に住んでいた頃は、新宿高層ビル群や池袋サンシャインも見えた。その時は子育て中で、外出と言えば「主婦の店」というダサい名前のスーパーへ行くだけ。ため息混じりに景色を眺めていたことを思い出した。 いつの日か真っ白い自宅のその窓から富士山を、いや東京タワーを眺めて・・笑いたい。


 洗濯物を取り込んで家の中に入りましょう。
 居間の電気は電球だ。黄色い温かみのある白熱灯だ。なぜ白熱灯かというとセピア色の壁紙や天井が目立たないようにと言う配慮からなのだ。和室の向かい側のピクチャーレールに掛かっていたいくつかの油絵は取り去られ、今はやにで汚れたしみ隠しで更紗のベッドカバーがつるされている。そう、白かった家は数年でその姿を変えたのです。いつの日か真っ白い自宅のその窓から富士山を、いや東京タワーを眺めて・・笑いたい


 ある日起きたら水漏れ事件をこうむった。

 その夜、又昨日よりは少ないものの水漏れがあり、トイレの壁紙の中にできたやけどの水泡は大きくなり垂れ下がった。昨日は針をさして下にタオルをあてて抜いたのだが、今日はコーナーの壁紙の継ぎ目からいっぺんに水を抜く。
 夜中パソで遊んでいたら、何かが忍び寄ってくるような音が背後から・・ポタポタと音がする。よおく見ると居間の天井から落ちた水がじゅうたんに吸い込まれている音だった。タオルを置き、ボウルも置いてみた。コントの雨漏り状態?押入れの天袋にも水の跡が・・。その写真も撮っておいた。廊下のじゅうたんも洗濯した。バスタオルもたくさんおろして雑巾になった。
 翌日サービス会社の人が来て原因がわかりました。やはり上の階でした。しかしわかりずらいところ、風呂を交換した時の、5年前の工事ミスということだった。

 居間の壁紙はこれ、洗面所関係はどれ、廊下の壁紙とは違えたほうが・・。織物調、石目調、カジュアル・蓄光、フラワー、トラディショナル、それともストーンでレンガ?この中から好きなものを選んでおいて下さいと言っていってカタログを置いていきました。床はカーペットそれともすべてフローリングにしましょうか。そのカタログは明日持ってくるそうです。

 廊下、洗面所、居間、台所と子供たちの反対を押し切って全部石目調に統一した。コンクリートの打ちっぱなし風からグレーのレンガからと.。結局白しかだめと子供たちから注文があって、夫に意見を求めたらすきなようにしていいと、子供たちはこうなんだけとと言ったら、もめるくらいならこのままでいいなんて言うし・・。オール白で、居間の大きい一面だけを白いレンガ模様にする、で落ち着いた。

 壁、天井の内装をはがし、床のカーペットをはがす。フローリングを張り始める。 廊下の壁と天井の内装をはがし、居間の床のフローリングを済ませ廊下のフローリングに入る。 20枚近くのスイッチを全部とりはずし掃除する。
 糊付けには機織り機のようなものを使う。壁紙張りはまるで着物を着付けているかのよう。居間の壁紙を張る。フローリングに養生を敷き緑のテープでとめる。壁紙をここで逃がして貼り巾木をとりつける。
「私にも出来そう」
と言ったら
「職人あまくみるんじゃないよ」
と工事から、ダニから、逃げ回っている長女は言う。洗面台も取り外し洗濯機もどけて洗面所とトイレの壁紙をはがす。台所も冷蔵庫をどけて、食器戸棚から食器を一時出して壁紙を張る。
 今日新しいエアコンを設置して、ホワイトハウスのお目見えです。

 フローリングに反対していた夫は
「フローリングっていいわあ」(尻下がりで発音する)
と寝室へ入る時、数歩戻って言った。
この工事にかこつけて友達宅にお泊りしてくれている次女は時々帰ってきては
「ウチじゃないみたーい」と言う。
「なんだかひろーい」
居間に来るたび長女は言う。

 東京タワーは見えないけれど、富士山の見えるホワイトハウスになりました。
 まりあのうちに遊びに来るなら『今』ですよー。