マリー・アントワネット（薬局）

「なんにもわかんないよう」

１日一回は必ず忙しいピークが来る。それは必ずと言っていい。そしてドクターの字はよみづらい。読めない字を書くドクターは多いとはいうものの、生年月日も、２とも３とも1とも7とも８とも思えるし、名前も分からないカルテを探しにかかるのは、なんともはや勇気がいる。名前の下に一があるとか、にんべんがあるとかで見当をつけたり、女の人で名前が3文字だからこれかななどと。。。

何ミリグラムとか、何日分とか、みんなで相談しながらやっている。同じ名前なのに全然違う字というパターンもある。いちいち裏返しをして印刷したものを見る。レセプトの為番号順、あいうえお順を揃える時に又見る。何回も何回も、見る。

ピークは４時か６時、それと７時と言っておこう。

診察できてるのか不思議になるほど患者が次々に薬局に送り込まれる。処方箋が３件たまるとちょっとあせる。こなしていると２件ふえた。こなしていると家族がきた。３枚だ。子供がいるので粉や水剤になる可能性がある。すると薬剤師も忙しくなる。そんな時に領収書を出すＦ２を押し忘れたり、お薬手帳を出してと言われると、今打っているものからエスケープして、もう一度生年月日を打ち、呼び出した人のラベルをＦ３-２-１-１で出す。そしてさっきエスケープした画面に戻って続ける。処方の内容を患者の希望で変えることになった場合もこうしてつっかえることになる。

処方箋がマグネットにはさみきれずに下のトレーに置かれるほどにもなる。

こういう時順番を守らないと体の具合が悪い人が一刻も早く家に帰りたいだろうし、あとから来た人が先にもらったりしたら熱もあがっちゃうってもんでしょう。より番号に注意するのです。ここですけっとの礼子さんが登場するとうれしい。「打とうか」と替わってくれる。途端開放されて薬袋書きにいそしむ。

「なんだ、書けば書けるんじゃん」

時々大きい読みやすい字のときもある。

「又先生遊んでるよ。これみてよ」

ありんこのような字のときもある。保険証番号がわからない。。。

「なんかすてき」

その日はまだその時はきていなかった。落ち着いて処方箋をパソコンに打ち込みながら目のはしに患者さんが写った。そう思いながら打ち込んだ処方箋の裏に印刷をして、薬情報を出すキーＦ６-Ｆ４を押してから窓口を見る。しかし薬剤師さんの背中に隠れて窓口の患者を見ることができない。カルテを探し出して座りながら見てみると、ショートカットの髪に効いている大きな丸いイヤリングが一瞬見えた。ハイネックの薄地のセーターが紫色だったからか編み物をしているという話になった。

カルテに薬歴をＦ４で印刷し、すべての用紙を薬棚のところの薬剤師に回す。

外国のどこかが発祥の何とか編みでショールなどをつくっていると。薬袋に名前や処方を書き込みながら話に入り込む。それは込み入った編み方をするものだとか今度作品を見せてくれると約束した。数万円でも譲って欲しいと思ったし、お教室があったら通いたいというほど興味を持ったのは、格好の良いつめが紫色に塗られていたのを見つけたからか。

お洒落な患者さんは時々来る。ペーズリー柄のトップスがすてきだった人。ゴブラン織りのバッグがすてきだった人。値段を聞いてみたらやはり数万、数十万と高価なものだった。シルバーグレーの髪に黒い丸のイヤリングをつけたお洒落な患者さんが帰ったあとカルテを見たら、８０才でした。

薬局窓口全員がよってたかってほめている。

1ヶ月経ちあのご婦人が漢方の処方箋を持ってきた。高級そうなオフホワイトのカーディガンをはおり小さい木の実が垂れ下がる風情のイヤリングをしている。かぶってきたのかベージュの帽子を見せてくれる。それは手編みで細いと太いが一本になっている毛糸でほんわりと編んである。皆の手を順番に回る帽子。キレイにピンク色のマニキュアが施された爪を見つけた。ネイルショップで施したのだろう、そこにはなんと桜の花びらが書いてある。

昔からショートカットなのかと質問が出た。

昔はずっとポニーテールだったと言う。今度はその頃の写真を持ってきて欲しいと薬剤師の欲求はつきない。「オシャレをしなきゃな」と感じる。ロングスカートをはいたお洒落な患者さんが帰ったあとカルテを確認したが、やっぱり８０才でした。

映画『スカーレット』が好きだ。

その時代が好きだ。その時代の服装が好きだ。深夜映画で「スカーレット」を見た。デザインをすべて書き出したい。映画『小公女』が好きだ。その子供版の洋服が好きだ。養護院の建物も制服も頭のリボンも靴もすべて可愛い。映画『マリーアントワネット』に興味がある。映画ではなくＤＶＤが欲しい。何度でも見ることができるから。。。

マリー･アントワネット・ジョゼファ･ジャンヌ・ド・ロレーヌ･オートリッシュ。。。これはマリー･アントワネットの本名だ。

今日は黒いコートを着ている。

シルバーグレーの髪にすっぽり黒いニットのベレー帽をかぶっている。コートのボタンをはずして赤い凝った柄のセーターを見せている。色のセンスもなかなかだ。今日はファッションの話をする薬剤師が居ない日なのでＡ先生と一般的な健康の話などをしていたが、ドアが開き次の患者さんが入って来たので帰って行った。

８０才と分かっているから、カルテの確認はしませんでした。

今度は水曜日に来るといいね。