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それは・・・Ｏ山さんのやさしさから始まる。

ある日、薬剤師であるＯ山さんは相談を受けていた。『最近元気がなくなった』と言う患者さんに『何か趣味を持ったらいい』などとアドバイスをして『お料理教室なんかどう？』と親身になって考えてあげていたがほどなくして、なんと二人で通うということになった。

その日、その患者さんの息子さんが来て『母の具合が悪くなったので教室には通えない』と伝えにきた。一緒にいる家族にはわかるのだろう、その日の朝から言動がおかしくなったと言う。その患者さんは施設に入る方向になったようだ。まさにその日は教室第一日目だった。それなら私が代わりに行きたいかな、などと思い言おうか言うまいか心の中で少し迷った。家族も減ったしもういいかと思ったり、料理もいまさらかと思ったり、月謝代が出ないというのを気持の理由にして、Ｏ山さんはどうするのかと見ていたら、ひとりで通い出した。そして先生との毎日の散歩が始まったのだった。

先生と気が合って毎日散歩に付き合っていると聞いた。Ｏ山さんはラプラドールレトリバーを二匹飼っていて毎日犬の散歩をするが、それとは別に先生と一時間ほどの散歩をする。ダイエットも兼ねているとはいうものの、犬の散歩と合わせればいいのに、とも思うが別にしている。貧乏であり、且つ引きこもりの私にはとてもできないことで、教室へ行こうかと迷った気持は薄れていつしか忘れていった。

忘れたはずの思いはときどき顔を出す。それはお料理教室で作ったものを聞く時、そして御相伴にあづかる時。しかし一日がかりで作るお料理はさすが綿密なレシピに沿っている。お菓子以外でもグラムにきびしいそうで大雑把な性格の私にはやはり料理教室は向かないのかもしれない。一週間に一度という頻度でレシピはどんどん増えていく。ドレッシングでさえ考えつかない材料を使うが、さぞおいしいだろうと想像できる。ある時はドイツの菓子ガトーショコラなども作って来てくれその味は絶品だった。お金を払うから作ってきてとＲ子さんと感心しまくった。クランベリーと巨峰のゼリーもやわらかさといい味といい絶品だった。

二つの波が重なったときの振幅は二つの振幅の和になる。 私の好きな言葉『相乗効果』とも言えるのではないか。「このトシでそんなに気が合う人とはそうそう巡り合えないものだよね」と仕事場のＡ木さんも言う。近所に住んでいたとはいえ知らない同士が出合い、料理を通して人間性の波長も合ったのだろうあちこちへ出掛けると頻繁に聞くことになる。

そのお出掛けの場所が魅力的だ・・・・。都心の何とかホテルへ、歌舞伎へ、六本木ヒルズへ、新国立美術館へ。そして今回、ワインの品評会出席の為パリに行く。おいしいレストランへも行き観光地めぐりもする。先生が本場での料理講習に参加する時には、Ｏ山さんはその間オプションで観光などをするのだそう。今度は二週間、パリへ行く。

パリの後の予定は、入居費６０００万円という老人ホームのお友達を訪ねる先生の御供だそう。先生は大使館の人とも知り合いでなんとか銀行のえらい人のお嬢さんとも会うとかなんとか・・・私はそれらの変遷を、ひょっとしたら手が届いたかもしれない縁を、なんでも飛び込んでみたら生活も変わるものだと思い、波に乗れなかった私は大いなる羨望の気持ちを込めてそのウェーブを眺めている。