スライス　オブ　ライフ（ひまわり）

「基地みた〜い」

「またこよ〜ね」

子供達は狭い調剤室を覗きこんで言い、お母さんと手をつなぎ帰る。

「シールもらったの、いいねえ」

薬局の窓口から体を乗り出して受け取る。今病院からもらってきたというシールを渡される。その子は細くて小さい子だが、どこか子供っぽくなくきれいな子だなと思った。 赤ちゃんを前に抱っこした若いお母さんは処方箋を置いてから役所へ行き用事をすませてくるという。役所は真ん前にあるとはいうものの参道の奥にある。薬剤師１が提案した。

「子供二人は大変でしょう。置いていけば」

午後一番の時間帯はまだ軌道に乗っていないようですいている。

調剤室へ入って来たその子は行き場がない様子で薬剤師１のあとをついている。狭い部屋の中で動かした椅子の足で子供の足を踏まないとも限らない。そんなことになったら大変だなどと思い、シップ薬が入った重い小さいダンボール箱を戸棚の前に置いた。抱き上げてそこに座らせた。そして待合室から本を持ってきて持たせた。

「まだ一歳だからむりでしょう」

と薬剤師１が言った途端『ひまわり』と表紙に書かれた本を開けた。

「あ、読めるんだ」と薬剤師１。

「きっとお母さんは下の子にかかりきりで、静かにしてって言われるんだろうね」

赤ちゃんはお母さんをひとりじめしているのか、年子のおねえちゃんはおとなしい。粉薬を調剤しながらもこっちへ来て話しかけたり本を読んであげている薬剤師２。子供を抱っこしながら問屋さんから薬を受け取ったり電話をかけている薬剤師１。

「一才しか離れていないって、かわいそうなんだね」

などと勝手に予想する。そう言えばほとんど口をきかない。多分標準より小さい。でもひとなつこく何か訴えるような感じでじっと見る。調剤室は少し忙しくなってきたがその子はおとなしく箱に座って『ひまわり』を見ている。この様子を見たらお母さんは安心するだろうな。

『基地みたい』と言われたここは、来年には間口が四倍のガラス張りの店になる。隣のラーメン屋の向こう、花屋さんのこちら側、前は本屋さんだった場所にレンガ張りの壁も出来上がり内装もかなり出来上がっている。広い待合室と広い調剤室、ロッカーのある休憩室にはソファーもあるかもしれない。そして患者さん用の洗面所もできるとか。多分来年から新装開店とあいなります。それに先駆け今日からパソコンが新らしいものに変わりました。いつもより患者さんも増える秋なのでシステムが変わったパソコンは少しだけど手順が違い忙しくなってしまっています。

赤ちゃんを前に抱っこしたお母さんが、自動ドアのむこうに見えた。その子は箱から降ろされ抱っこされて待合室に出て行った。調剤された薬を受け取ってから、役所での用事を済ませたお母さんに手をひかれて帰って行った。

左手をもたれ、左側から無理な状態で後ろを振り返る。すぐ右側に替え振り返る。自動ドアを出て足元が少し坂になっているので下を向きそして振り返る。道路に下りて又見る。こちらでは三人が手を振っている。笑うでもなくこっちを見ながらお母さんにひっぱられながら私達の視界から消えた。

「何度も見てましたねえ」

「何度も、何度も見てましたねえ。なんだか泣ける・・。」

と一瞬の後言い、ほんとに泣いた薬剤師２。もらい泣きした魔女１。話したり抱っこした感触で自分の子供の小さい頃を思い出したりしたであろう薬剤師１は、私たちを笑いながらも、もう次の患者さんの薬を揃え終わっている。私は『ひまわり』を本箱に戻した。

そろそろ『タミフル』の患者さんが来ています。そして私は先日、半強制的にインフルエンザの予防注射をいたしました。

スライス　オブ　ライフ、そんな、今・・・。