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ティファニーブルー　

　　

 

　「アドレスを変えました。よろしくね」

機種変更などで携帯番号が変わるのは仕方ないとしても、気分でアドレスを変えられるのが困りものだ。

　「もちろん、まりあさんのアドレスは拾ってある」

と言われても、携帯電話を新型に変えアドレス整理をした友達が、パソコンの方は拾ってくれたが携帯の方を消していて苦労した。送信メールは飛んで行かないで飛行機が力なく落ちる様が映し出され、呆然としている私がいる。

 

　「北口にいます」と送信すると飛行機が落ちた。鶯谷駅11時半集合だが、早く着いたのでさっきからかれこれ４５分経っている。朝顔の鉢を持っている人をぼんやり眺めていたが、待ち合わせ時間まであと５分となり、私は少しあわて始めた。

　電話をした。家電は２０回ほども鳴るが出ない。そりゃあそうだ、朝顔祭りに行くために、今ここで待ち合わせているのだから。では携帯電話は？『相手が受け付けない』だの『電源が切れている』だの『留守番電話』になったりする。メールは彼女の携帯と私のパソコンでしているので多分通じないのだろう、と思う。彼女Ｔがだめなら彼女Ｏだ。メールをしてみた。「北口にいます」送信すると飛行機が落ちた。電話をしてみた。『電源が切れている』と出た。

 

　とうとう待ち合わせ時間になった。今度は彼女Ｋにメールをしてみた。「北口にいます」送信すると飛行機が落ちた。電話をしてみると出た、が脇を通る電車の音などで声が聞こえづらい。誰がか話しているような感じがとぎれとぎれに聞こえる。がこちらの声が聞こえているのかわからない。でも必死にくいさがり名前を呼ぶ。急に声がはっきりした。「母は出掛けています」「あ、どうも」お嬢さんらしい。彼女と声がそっくりだ。驚いて電話を切った。

　自宅に電話をし助けを乞うた。電話の出た長女に事情を話す。私の手帳の住所録を見てなんとかしてくれと思う。今日持って来ようとしていた手帳を、料理が入ったタッパーがふたつとワインとオープナーまで入っているあまりに重いバッグから外出寸前に取り出していたのだった。筆記用具もなく例えば番号を聞いてもメモることもできない。暗記などももちろんできない。実はさっき彼女Ｔに電話する時、自宅ナンバーしか出ない携帯電話で『修正』の場所に持って行くと携帯ナンバーが出ることを発見し、090-0000-0000と一生懸命暗記して掛けた経緯もある。先の『電源が切れている』となったものだ。ゴロも何もない覚えにくい番号を記憶する、その苦労は二度としたくない。待ち合わせ時間を過ぎて３人共に、メール、電話が通じないことが分かる。

 

　連絡が取れない・・。朝顔まつりに行けない・・。３人が待っているのに会えない・・。

　貧血を起こしながらやっとここまでたどり着いたのにだれにも会えずに帰る姿が頭に浮かぶ。その時駅員と目が合った。この駅には他に出口があるのかと聞くと、なんと南口もあるという。連絡事項に『上野に近い方』などという言葉があったことはすっかり忘れていた私だが、南口を見てみようと思った。長女も私の手帳を探し出し友達に電話をしてくれたそうだが、みな留守番電話だったそうだ。そんな長女からの報告が受けられないかもしれないが、長い階段を降り地下道に入る決心をした。

　電話をにぎりしめホームに上がる。はじまで歩き階段を上り歩いた。線路がたくさんある上野の次の駅だからか地下は深く、構内は橋が架っているように通路がたくさんある。初めて降りた鴬谷はなんと大きい駅だった。はて、改札の向こうで３人が私をみつけて手を振った。

 

　私は、黒いスエードに赤い十字架、パイソン柄のナイロン製、ふたつの手帳を持っている。手帳の後ろに住所録のスペースがあるが、このごろそこに二重線が増えてきた。時間の経過とともに、結婚があり引越しがあり、機種変更があり離婚があり、そのたびに二重線によって消し、そして書き換えるという作業をする。その際どっちかの手帳を書きなおしてもどっちかの手帳はそのままだったり、また携帯電話は変えてもパソコンは変えていなかったりして知らず知らずのうちに混乱してきていたのだった。私は携帯電話に来たものに、かなり短い言葉以外の時にはパソコンから返事をしていた。そうすると相手はそのアドレスに返信するわけで、そうするともう混線状態に入る。困ったことに外出先では相手からのメールが受けられなくなるわけだ。やっと縮小してもらった写真を送る場合も携帯メールに送っていて相手は見られないということも重なって、更に混乱しているこの状態につい最近気がついたものだ。住所録の整理が必要だ。

 

　我が家の住所録は電話のそばにあり、それはカード式になっている。結婚当初に子供の洋服を買いに行った時に伊勢丹でお母様が買ってくれたものだ。夫の会社関係の年賀状の管理として住所の変遷記録は役立った。一人一枚という形式のアドレスカードの表には住所、電話番号などの他、赴任先、実家などが加わることもあり、裏には奥さんの名前又はご主人の名前、結婚記念日、子供達の名前、それぞれの誕生日なども記入する。全体が見渡せて３０年間これは大いに役立ったものだ。今となってはパソコンで作った年賀状リストでことたりる。でも人生これからという人にはぜひおすすめしたいものだ。

　私は人生これからという人では残念ながらない。故に、今回ティファニーブルーのアドレス帳に書き直そうとしているのは、そういうアドレスカードではなく、目的としては携帯電話の番号とアドレス、そしてパソコンのアドレス、この二つをを区別するというのが目的だ。パソコンが壊れるとアドレスも消える。人と人を結ぶ『縁』を大切にするアナログ人間にはアドレス帳が必須だ。ペンを持ち、ティファニーブルーのアドレス帳を開いた。

 

 

　７月に開催された『入谷朝顔祭り』から帰ったあとで、私の電話の困りっぷりを長女に説明した。

「一度しか言わないからよく聞いてよ」

と言われながら私の携帯を動かしてもらうとあることに気がついた。家の電話、パソコンのアドレス、携帯電話、携帯メールアドレスの絵に矢印を合わせるという作業をしている。動くんだ、横にスライド。電話番号にメールしたって、アドレスに電話したってそりゃ届かないというわけで・・・要はスライド？住所録の場所を出しそれにスライドして合わせれば・・・。

　　『縁』を大切にする私は、真のデジタル人間を目指して、ティファニーブルーのアドレス帳を閉じました、とさ。くわばら、くわばら。

 

 

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