オクトーバーレイン(花束）
やっと来る事ができた、5ヶ月の間たくさん泣いたと言うその人は、今日ひまわりの花束を持って来てくれた。玄関に顔を見せたＮと、廊下を走って迎えた私は、話す事ができなくて挨拶もできなくて、少し笑いながらうなづきながら、その花束だけがＮから私の手へと移った。
「10月のひまわり・・」
とＮの初めての言葉が聞こえて又うなづく。朝からしとしとと雨が降り続き寒いくらいの日だった。
『この奥さんとは年令も同じ、結婚した年も、子供の人数も、そしてそれぞれ同じ年に生まれている。昔フルートを習い、手芸が好きとなぜか人生ぴったり重なっています。近頃はフルートやフラメンコのコンサートへ誘ったり誘われたり、お食事をしたり、マリアとクミエール、ジュリエッコと姫などとメールでお話ししたりしています』『2001ウィザード』「パティシエ」より
Ｎは今、老人ホームの受付の仕事をしているという。月40万もする入居費用だという老人ホームでの仕事はとても勉強になるそうだ。そこで一緒に働いている人も良い人ばかりだと言う。ホームに面会に来る人の応対をする。孫がたづねて来た時「何年生？」などと声を掛けたりするそうだ。
その日、その子が帰る時、どこからか声がするような気がしたそうだ。その声は
「名前を聞いてごらん・・名前を聞いてごらん・・」
と言っている。でもいつもそこまで聞くことはしない。もうお母さんに手を引かれてドアの向こうに行きかけていた時、又声がする。
「名前を聞け・・名前を聞け・・」
と胸の中で頭の中で声がする。
その声に逆らえずに、閉まりかけたドアに向って叫ぶ。
「ちょっと待って下さい。あのう、お名前は？」
と変なタイミングだったが聞いたそうだ。その子のお母さんが替わりに答えてくれた。
「Ｍです。澪つくしのＭです」
「あああ・・・」
名前のあとの言葉はどうでもよくトイレに駆け込んで泣いたと、不思議な話をしてくれた。
『【幼稚園児のＭちゃんです。白いカーディガンを着てこちらを見ています。Ｍちゃんはにっこり笑っていて可愛くて私がなんてかわいいんだろうと見とれてます。ふと気がつくと私の左隣にはマリアがいます。そこで私は二人がビデオを見ていることに気づきます。Ｍちゃんの両隣に女の子が２人いるのですがそれが誰なのか私には特定できません。そのうちどこからか男の子があらわれ３人の周りを遊びながら行ったりきたりしてます。その男の子とＭちゃんは互いになにか強い引力を感じてます。男の子が画面から出たり入ったりしていてＭちゃんが前にでようとしてパタッと前のめりに転びその瞬間私はあっあぶないっ！そこで目が覚めました。デジタルが６時６分を表示してました。】話していて気づきました。その日は９月１０日。Ｍちゃんの月命日だったことを。』
先日のメールでも、「夜、長野に向かう車の中で主人に、朝方Ｍちゃんの夢をみた話をしてました」と始まる話を聞かせてくれました。
その人とは子どもが幼稚園の頃、毎日のように会っていた。お姉ちゃん達を幼稚園に送りそのあとお互いの家でお迎えの時間まで過ごし一緒にお迎えに行く。又そのあとも夕方まで一緒にいたりしたものだ。その後ピアノのレッスンやリトミックを受けているお姉ちゃん達を妹弟と一緒に待っていたりした。そしてそれはお姉ちゃん達が小学生になりひとりでレッスンへ通うようになるまで続いた。Ｎが隣町へ引越しをしたその頃からあまり会う事はなくなっていた。親同士はたまに会ったりメールでお話をするようになってはいたが・・。
そして先日、しばらくぶりでウチの子ども達と会った。あの時小学生だったお姉ちゃんは大きくなっているし、Ｍちゃんはきれいになってお人形のようで、それでも棺の中にいる。その現実にまるで浦島太郎になったみたいだと思ったと言う。
２〜３歳のＭの写真をレイアウトしてプリントアウトしたものを持って来てくれていた。大きい口をあけて何かを叫んでブランコをこいでいる。校庭の朝礼台のステップに腰掛けて首をかしげている。赤黒チェックのスモックを着ているＭ。それを見せたら「元気元気な子だね」とパパが言った。
社交ダンスに誘われた。スペインに連れてってとも言う。そろそろ元気を出さなくてはいけないかもしれない。話をして昔のように大笑いもする。Ｍの真実もお話しする。写真を見て又泣きもする。
『「おばちゃんＭでーす。フフッ」何年か前、電話で話したのが最後でしたね。
あの時Ｍちゃんはなんだかとても楽しそうでした。
Ｍちゃん おばさんの涙がいつまでも乾かないのは、Ｍちゃんの家族と密度の濃い時間を共に過ごしたからだね。それはお姉ちゃんの幼稚園時代からはじまりました。私達はいつも一緒でしたね。幼稚園がおわると両方の家を行ったり来たり食事もよくしたね、一橋大にもよく遊びに行きました。ママは大きな枝の垂れ下がった木を恐いといって近づこうともしなかったっけ。、パルコにもよくお買い物に行きましたね。音高のお庭でお姉ちゃん達の終わるのを待っていたよね。今から思うとあの頃が一番ゆったりとおだやかな時間を過ごしていたんだなーって思います。
おばさんはＭちゃんのことで忘れられないシーンがあります。いつものようにママ達はショッピング。あさひ通りで暑い日でした。まだベビーカーに乗っていたＭちゃんの顔に強い日差しがふりそそいでいました。「わっＭちゃん暑かったでしょー。」でもＭのまつ毛に気がついたおばさんは「Ｍのまつ毛なが〜い。それにまっすぐ揃っててブラインドになるよね」って。どうでもいいようなことなんだけど、この時のこのシーンだけはその後Ｍたちと小学校が別々になってからも何度も思い出していたんだよ。写真のワンカットみたいにその顔が今でもはっきり浮かびます。
おばさんは式場に向かうのが怖かったです。入口の○○家を見たときはやっぱりホントなんだ・・・ますます足が重くなりました。次に書かれているであろうＭという字をどうしても見たくなかったからです。Ｍちゃんはまるで眠っているみたいでした。とてもキレイでした。いつの間にか２０年が過ぎていたんだね。あの頃、こんな別れがくるなんて誰が思うでしょうか。おばさんはママのことがとても心配です。ちゃんとご飯食べてるかしら、眠れてるかなって。どうぞママ達をみまもっていてください。
Ｍちゃんを乗せた車が去った後、しばらくただただ呆然としてました。皆そんな感じでした。そうしたら中からＭちゃんのバイクが運び出されてきました。あそこに置いてあったくらいだから、Ｍちゃんといつも行動を共にしていた相棒なんだなって・・思わず眠りから覚めたＭが「おばちゃん！Ｍで〜す」って、バイクにまたがり手を振ってくれたらどんなにどんなにいいだろうって思ったよ。パパも言っていたよね。友達つくりの天才だって。おばさんもそう思ったよ。Ｍはたくさんのお友達に囲まれて楽しい青春の時を過ごしたんだなって。Ｍちゃんおばさんの中のＭちゃんはいつもニコニコしていたＭちゃんです』
食事が済みデザートの時、玄関のチャイムが鳴った。Ａママが立っていた。今朝Ｍの夢を見た。笑っているので抱きしめようとしたら透きとおっているように抱きしめる事ができないという夢を見たと。
「今友達が来ているのよ」
と言うと帰ろうとしたＡママをＮと会わせた。
「はじめまして」
と挨拶を交わしていたが、この２人は会った事があるはずだ。多分２回も。それは５ヶ月前、夜になって雨が降りだした通夜の日と、五月晴れの旅立ち、葬式の日に。
Ｍママは元気にしてるかと私を心配してくれて来たというＡママは、今日も特注であるＭ仕様のかわいいブーケを手にしていた。この夏どんどん枯れてしまう花と格闘している時には、大変でしょうと生花のブーケに織り交ぜ、ひまわりの造花も持ってきてくれた。
夜になり、保育園の先生であるＣが来た。ＣはＭと違っていつも居間にいてくれる。Ｍと違って家族と一緒にご飯を食べてくれる。Ｍと違って漬物をポリポリ食べる。Ｍのように家族に溶け込んでいる。保育園の話をしてくれて、テレビを見ながら家族と笑い、Ｍと話をしてから雨の中カッパを着てバイクで帰る。
Ｍと決定的に違うところは、デジカメ写真を私に撮られることか。なぜならそれは客としての証拠であるのだから。今日のデジカメフォトは、Ｎとママ。Ａママとママ。Ｃとお姉ちゃんとママ、とたくさん撮った。
10月の雨は淋しく暗い。Ｍが寒くないようせめてスカーフを持っていってあげようと思いついた。
ガラスの瓶に入れに行こう。