ＳＯＵＬ(寺)
「ばあばに会いたい」
「家に行かないから、温泉に泊まるから行きたい」
「ナイショで急に行っちゃってもいいかな」
と何度も言うＭを、私は何度も制止していた。
私も年に1回位は行きたいのだが、
「今は寒い、もう少し暖かくなってから。老人会で忙しい」
「今は暑い、もう少し涼しくなってから。お祭りの準備で忙しい。仕事も忙しい」
と言われる。
玄関からは出入りしない。引き戸の玄関に釘をさして台所から出入りする。ばあばである私の母は来客を嫌う。おもてなしができない。かたづけなくてはならない。掃除やふとんほしなどもやらなくてはと考えると時間もない。部屋は通販の箱でいっぱいだ。ちらかった家にきてもらってははずかしい。私達には会いたいが、不規則でいつ呼ばれるかも分からない仕事もあり時間がない。体も疲れている。
結局母は 「年をとった」 ということなのかもしれない。
『パピ、早いものでもう13回忌ですね。お元気ですか。
又このたびはＭがこんなことになってしまってすみませんでした。
ご心配をおかけしましたがどうぞＭを宜しくお願いします。』
と書いた香典袋を持って父の法事のため出発します。
休憩はいつも海老名パーキングでとる。
ここ数年父の命日には私一人でむりやり行っていた、おととしは妹と行った。行けば喜ぶ母だ。家族で行ったのは何年前になるだろうか。東名を家族４人で走り、途中このインターでアイスクリームを食べたのは何年前になるのか。子供達は行くと必ずゼンソクを起こすので行くとしたら温泉に泊まらなければならない。それなら大丈夫かもしれないのだが。お掃除をしてくれていてもゼンソクになるのは申し訳ない、相手に対しても悪いとも思っていたようだ。
ナビに頼り厚木インターから高速に乗ったので、今日は足柄パーキングで休憩した。ここまでくると富士山がついてくる。大きい富士山がどこからでも顔を出すのでこわいくらいだ。一瞬にしてググーっと山に沈んだりもする。
高速を降りると、ジャスコでもドンキーでもなく、ヤオハンがある。そして間隔がありつつ、ガスト、デニーズ、ロッテリア、ロイヤルホスト、ケンタッキーフライドチキンがある。海鮮市場、長崎ちゃんぽん、寿司や蕎麦やなどもある干物通りをとおり、ダイワオート、ダイハツ、クボタ、オートザム、タイヤガーデン、スズキ、ＮＩＳＳＡＮなどのカーショップが続く通りを通るあたりまででマクドナルドは４件あった。洋服の青山は伊豆ではコナカなのかと思った途端青山もあった。
「ここへも来た事がありましたね」
とお上人さんはＭのことを覚えていてくれた。父の葬式、一周忌、三周忌と、母の家にお寺さんが来てくれた時にも小学生、中学生だったＭがいた。大きい花束をふたつと果物、菓子折りを持って先ほどお寺への挨拶を済ませてきた。お上人さんに話を聞いてもらい、明日の供養をしてもらうことをお願いした。保育をしている時の写真をお見せし、履歴書のようなものを渡した。
伊豆の寺へ挨拶に行き、父の１３回忌と一緒にお寺でお経をあげてもらうことにした。 大々的にパピの１３回忌をと考えていたが、親戚も私達の気持ちを考えると会うことができないと言う。私達も気を遣わせてしまうであろうことが申し訳ないと思い、母と妹家族と家だけでひっそりすることにした。そして白木の位牌から本位牌に魂入れをしてもらう。白木の位牌は寺で供養してもらう。
戒名は不要というお父様の意見もお話して相談する。仏様の弟子になるには戒名が必要であり、またそれが供養になるのでもう一度考えるようにと言われる。私たちの気持ちが癒される方法をおききした。それもまた戒名をつけお祈りすることだとお上人様は繰り返した。
私達は前日、温泉旅館での豪華な食事をし、温泉に何度か入り今日に臨んだ訳だが、親戚が集まる場所にはいつもふたりでいたのでと言うお姉ちゃんは当日新幹線で駆けつけ参加する。魂入れが済んだ白木の位牌は寺で供養してもらう話になっていた。家に帰りお姉ちゃんがこれを欲しかったという。白木の位牌にこだわるおねえ。家族で相談になった。説得した。食い下がるお姉ちゃんに寺の電話番号を渡し決着した。かわいそうだったがしょうがない。
納骨の時も、もっと先でもいいんじゃないか、ずっと先でもいいんじゃないかと言うお姉ちゃんを説得していた。あちこちへの手配も済んでいたし納骨の日は私の誕生日でもありその日ははずせないと私は思ったのだった。Mの誕生日から数えて４９日目が私の誕生日だったことを初めて知ったのだが、これは生まれた時から決まっていたことなのだから・・。
麦茶やジュースや、寒くなったからとお茶とかを供えるおねえ。昨日はヤクルトのふたを半分開けて仏壇に供えてあった。小さい時、おにぎりをたべさせようとして生まれたばかりの妹の口元にごはん粒がついていたことを思い出した。納骨の前夜、遺骨を持ち、ウチの中すべてを見せて回ったお姉ちゃん。
「Ｍの部屋だよ、お友達がたくさん来たねえ。ここはおねえの部屋だよ。洗面所だよ。お風呂だよ。トイレだよ」
台所も冷蔵庫も、居間も和室も、ベランダも見せて回った。私達は静かに笑いながら見守った。あの時の光景が思い出された。その時のお姉ちゃんの気持ちを思い出していた。
「○○家に実質孫はひとりになった。Ｍがこの家を継ぐ役目だったのにね」
とほんの２〜3分話す。○○家はすでに絶えている。○○家ももうすぐ絶える。おねえは嫁に行き、この家や伊豆の家やふたつの墓やすべてをＭが継ぐ役目だった。すべてがおねえの肩にふりかかった形になってしまった今、可哀想だがお姉ちゃんには強くなってもらわなくてはいけない。
その矢先、母から電話が来た。
「Ｅちゃんは自由にさせてあげよう。ゆっくり楽しく生きるようにさせてあげよう」
そしてＥは結婚もしなくていい、させないとまで言う。
私は目が覚めたようにその意見に賛成した。
精進落としの食事は笑えた。刺身、カニ、天婦羅、蕎麦、それに寿司で驚いていたら鰻が来た。
部屋の隅にあるセルフサービスのお茶の場所にお持ち帰りセットが置いてあり、そういうことかと思う。
「畳は替えたの？家は片付けてある？」
「ほっといてくれれば100まで生きるよ」
と笑う。墓もこちらにしたら客が来るようになる。結果順当な場所に収まった訳だけれどそんな理由で墓をここにする事を断った結果になってしまったことを母は悔やんでいる。
「やっぱり墓をここにしてもらえばよかったかね」
ひとり暮らしの母は文化センターのお得意さまである。
「そのまま寝てごらん、毛布よりくびったまがあったかいよ」
とどんどんあったか下着が送られてくる。その他別にいらないものがどんどん送られてくる。
花が好きで庭の花もよく見て楽しんでいる。鉢物も庭に出したり玄関に入れたりする。
朝早起きをして掃きそうじをする。１０軒先までしてしまうと言う。
ひとり暮らしの母は文化センターの上得意様である。
今回行ってみてさらに「まるはち」の高級羽毛布団販売のお得意様としてベッドから布団まで揃えていた。えさに、かもに、又は釣られた魚になっていたことを確認した。
ばあばが大好きなＭは、何年ぶりかでやっとばあばに会えた。
文化センターからの「にせダイヤモンドネックレス」を仏壇に置いた。