ヒーリング・ポーション（秘薬）
まりあ２４歳。ある医院での看護助手のアルバイトを和歌山から来たという子に引き継いだ。
蜘蛛の足のように歩道橋がかかったロータリーを見渡せる医院では、一日中クラシックのＢＧＭがかかっている。なかでもモーツァルトの交響曲第40番ト短調が好きだった。医院は駅に向かっている一面が全部ガラス張りだ。そこに陽の差し込みを調節するためにいろんな向きにと変わる、１０センチぐらいのスクリーンカーテンが縦にかかっている。
私はそこへ勤めながら自動車免許を取った。患者さんに教習所の先生がいて、ドクターが頼んでくれたのだった。予約取りの苦労を知らずに、アルバイトの時間中に教習所に通えて、スムーズに免許を手にすることができた。看護婦さんのピアスをこの医院でして貰ったことを聞き、私も耳に穴を開けた。その頃のお気に入りは赤いガーネットだった。
窓の前の陽のあたる場所にあるベッドに椅子を引き寄せて、ラララ・ラララ・ララ・ラーラというモーツァルトの交響曲第40番ト短調が流れる中、彼女と色んな話をしながら綿棒に綿花を巻きつける作業をする。話に夢中になり、洗浄した機械を並べるのが遅れたり、患者の呼び込みを催促されてしまったり、もう少し小さい声で話しなさい、余り笑わない、などと注意を受けながらもいっぱい笑った。年齢が近かったせいか私たちは結構気が合った。「３番４番５番の方どうぞ・・」
彼女のアパートに泊まったことがある。田舎から出てきた彼女にドクタ−が手配してくれた部屋は、８畳位の台所に６畳と４畳半が続く一人暮らしには広すぎる部屋だった。彼女は毎晩パックをしているそうで肌がきれいな秘密を知ったと思った。結婚後も数回それぞれの家を訪問し合い、その後もパックは続いていたことを知る。
その彼女からしばらくぶりで電話が来た。下の子供も今年成人するとの話を聞き、あれから過ぎ去った日々の長さを知る。モーツァルトの交響曲第40番ト短調が頭の中でよみがえる。彼女は居酒屋のマネージャーのような仕事をしていて24人もの人を動かしていたと言った。医療の資格も取ったがやはり飲食業の方が自分にあっているようで、再度新しい職場に推薦され今研修をしていると言う。リーダー精神のまったくない私と正反対の方向に成長した様子に驚く。急に年齢を確かめたくなった。
「あんたいくつだっけ」
「○○才よ」
うふふ・・。
「○○さんは？」
「○○才」
うふふ・・。
お互いの年齢を言い合いいろんな意味で感心する。
しばらく医院やらの昔話をしていたが、突然彼女が「印象的だったことがある」と思い出したように言った。それはナニかとたずねたら・・ベンベン。ある日仕事が終わった彼女に家へ来てもらってから原宿へ遊びにいくことになった時のこと、出掛ける時に玄関でマミが言ったそう。
「どの靴はくの？」
その時私が
「黒ペッタンコ」
と言ったそうで母親は指定された靴を玄関に並べた。そういう親子関係が彼女にとっておどろきだったそうで、今でもはっきり覚えていると電話の向こうで笑いながら「黒ペッタンコ」と数回言った。そのたびに笑った。あんなに昔のちょっとしたことを覚えている、共通の思い出があるというのはこんなにも楽しいものかと思う。私とマミの関係はそう言えばそんな感じだったかもしれないしー。
チーズは石鹸そのものだと思ったのは小学生の頃のこと。この納豆とやらはくさっている、だって糸を引いている、とパピとマミが驚いていたのも覚えている。初めて飲んだコーラはまずくて飲み物じゃないと思った。フカヒレスープとショウロンポウを初めて食べたのはドクターと看護婦と３人で、赤い車に乗り○○プリンスホテルでご馳走して貰った時のこと。原宿へ行ったその日ピザを食べたそうだが、彼女は初めてだったそう。それを今、３０年後に聞いた。３畳ほどの鏡張りの部屋に金色の便器というトイレを持つ「プレイバッハ」という喫茶店に連れて行ったこと、ゲームで勝って８千円もうけてしゃぶしゃぶを食べたことは覚えているんだけど・・。
その彼女が今凝っているという健康法があると言う。
「カスピ海ヨーグルトで体調が良いのよ」
「ふうん、そういうのが好きなんだ」
と聞いていた私に突然、
「毛はどう？」
と聞く。
「昔ほど気になんない」
と答えながらも一応聞いてみる。
「脱毛には豆乳を塗りしばらくおいて毛抜きを使えばするっと抜けるのよ」
コンドロイチン、プロテイン、やずやの香酢、そういうものは一切信用しない私が、次に彼女が口にした「にがりを使った化粧水」には惹かれるものを感じた。
『しわ、しみ、たるみ、くすみ、・・そんなものが気になって久しい・・。顔に出来た小さいしみはつながって大きいしみになっていくそうだ。そしてその小さいしみが今の私には４つあるそうだ。さすが専門家、会ってすぐ数えたようだ。手にもしみがぽっかり、ぽっかりと浮き出てくる。まるで日本橋からのぞいたヘドロの川に浮かび上がってくる謎の泡のように・・』という『２００３年ペルピニアン』「サングラス」でお肌の危機を感じていた私は、その効果を説く彼女の熱意が尋常ではないと、何かを感じた私は、電話を切った翌日イトーヨーカ堂の薬局へと自転車を走らせた。
精製水２００ｍｌ にがり小１ グリセリン小２ という分量でつくる「にがりローション」は肌にとてもよく、髪につけてもよいそう。精製水は５００ｍｌ入りなので、２,５倍の分量で作ると無駄がないそうで・・。にがりは豆腐コーナーで小袋入りをひとつ買った。早速使ってみた。まず手で実験。つるつる、さらさら、しっとり、やわらか、そんな感じ？しかもそれが3日経った今も持続しているのです。
長女に触らせてみた。
「わかったわかった。おやすみなさい」と部屋から閉め出された〈コレ、近頃の常套句）。
次女に触らせてみた。
「おー！今度私にもやらせて」といい感触（だが、遊び回っていて今だためしていない）。
「さらさらしてるの？」
と長女が居間に来た。テレビを見ながら知らないうちに顔をなでていたらしい私を見て言った。顔にパッティングしたところ見た目は変わらないのだがさらさらしている。翌日会社の帰りにアトマイザーを買ってきてくれて小分けされた化粧水は日に何度も活躍する。彼女にこの文を送って「ご報告」しようと思っている。
秘薬 「おすすめにがりローション」の分量を再度言おう。
精製水２００ｍｌ（500ｍｌ\100） にがり小１（小袋ひとつ￥50） グリセリン小２（ひと瓶￥380） です。
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