ミステリーゾーン（初恋）

　
　感想は「ふうん、そうなんだ」です。母が書いた絵を見て姉妹で感心しているせりふです。前号の『ＫＥＣ』「アーバンレジェンド」につづき同じ言葉で始まりますが、今回のテーマは初恋です。

　『基本的に夫婦仲は良くなかった。父と母はよく喧嘩をしていた。不良で自分勝手な人だけど、おしゃれにキッチリ生活したいパピと、優しすぎるほどいい人だけど、お料理や片付けが苦手なマミ。食器はお盆で運びなさいとしつこく言われる（今考えるとそれは正解）。夜遅く帰ってきて台所が片づいていないとか玄関が靴だらけとかって、疲れて私達と寝ているマミをたたき起こし、夜中なのにご飯炊かせたりとっくみあいの喧嘩をしたことも何度もある。
　ある時、箒でマミの頭をぶって、箒のくぎがたまたまあたって、血がタラーッ（父も驚きおろおろしていた）とか、トイレへ逃げ込んだマミを追いかけて、ガラスのドアをけっ飛ばしてガッシャーン（父の足のほうが負傷した）とか、殴って蹴飛ばして私達の寝ている部屋のふすまがガタガタした。私達は寝たフリをしてドキドキしていた。少し大きくなってから、ふすまを開けて、“もうやめなよ”“なにしてんの”とか言えるようになった。パピはずいぶん長い間コワイ人だった。』と始まる文を＜バクダンオヤジ＞と題して２０００年に書いている。

　父は長い間怖い存在だった。しかし世のやさしい父親像はきらいだった。この相反する気持ちが男を寄せ付けない、寄り付かない？状態を作っていたのだと思う。男という種類の人間が理解できなかった。男は好きになれなかった。妹がたよりにするおにいちゃんという兄も知らず、姉がかわいがる弟というあり方も知らず、姉妹で育った私は、お父さんにあまえるという構図もなく年を重ねていった。

　小・中学校でよく話題になる「好きな子を教えて」と言われた時には本当に困った。マンガに出てくるような素敵な子なんてどこを見回してもいないし、逆に好きと言われるのは頭がわるい子とかだし。学校の帰りに待ち伏せとか家の周りをうろつく子達を見てひそかにうれしくもあったのだが・・。さすがに引け目を感じていた頃、どうしても名前を言えと言われたので、みんなが好きだと言っている子にした。
「私も・・それで・・」

　友達が言う。
「一学年上の安芸君でしょう」
と言う。それはだれ？そしてなぜ？と聞いたら、廊下ですれ違ったときに私が赤くなったからと言う。本人を見に行った。上の階に行き廊下から教室を覗き込んだ。
「あれが安芸君よ」
にきび面のデブだった。ありえない。

　中学での卒業式。サイン帳に「又会う日まで」と書くと又会うことができるなどという噂があった。グループの中では男とも話せるが、だが、卒業してから一人のときに街で会うと学校のようにはいかない。セーラー服の私がバスを降りるとまん前にバイク屋がありそこにたむろしている男を見ると知らん振りして通るのが常だ。
「おーい○○」と３回呼ばれて「呼びつけだよ」と思いながら角を曲がる寸前に振り返る。そして角を曲がる。「又会う日まで」もへったくれもあったもんじゃない

　女子高だった高校の頃、毎朝乗る電車で男子校グループと毎日会う２両目の１番目。染五郎に似ている人がいてみんなと騒いでみたものの、そんな気はさらさらなかった。
「男の子を紹介するよ。いい子だよ。頭いいし学級委員をしている子だよ」
と友達は言う。そんなこと考えられない。そんなつもりで、のこのこ会いになんていけない。私と会っていやがられたら立ち直れないかもしれない。話をするのもめんどうだし、頭いい子は私と合わない。

　社会人となって課にいるおじさんたちを見た。
「この人と結婚かあ？いやだなあ・・」
「この人はやさしすぎて気持ち悪いしー」
いつも股のあたりをかいているおじさんには
「こりゃないだろう」
などと失礼にも思っていた。

　ある日、男のモノについての疑問を母にぶつけた。ふくろだのたまだのぼうだのといろんな言い方があるが、実のところそれはどうなっているのかと、妹とふたりで詰め寄った。
母は絵を書いてくれた。
「ふうん、・・でもたまがふたつとかいうけど・・それがないけど・・」
「それはふくろの中」
「へぇー、そうなんだあ」
と霧が晴れたような気分で３人で笑った。
その時２０才を過ぎていた。

　その頃、初恋をしていた。それはマンガにでてくる王子様のような人。見ているだけで幸せな気分になる。ベースギターを低く構えて弾く音はお腹にズンズン響く。その人を見に音楽喫茶に向かう。青いライトの中でギターを弾く姿を見る。歌を聴く。それが今の夫・・だったらそりゃすてきだけど、夫と会うのはその２年後のことでありました。そして正直に言うと、その頃の恋は「片思い」という種類の「初恋」でありました。残念でした！
　
　妹に電話した。
「初恋っていうテーマなんだけど、私って男が好きじゃなかったから、どうしよう」
「そんなことないでしょ、○○がいるじゃん」
と挙った名前はやはりベーシストでした。でも今となっては取り返しがつくものではなく、とりあえず今も同じ地球にいるベーシストには私の恋心を、ま、勝手に燃やしたということではありますが、そこんとこしっかり思い出していただきたい、と言いたい。言ってどうなるものでもないとはいうものの・・。又どうにかなったら困るとはいうものの・・。ぜったいならないしー。

　この話を長女にしたら
「その一生ってどうなの？」
「あー、かわいそうかも」
「交換日記までいったのにね」※
「喫茶店でお話とかは出来ないのよね」

「パパとはどうなの」
「パパは男じゃない」
事実男を感じなかった、人として仲良しになったということだ。
とわざと乱暴なことを言い笑わしてから、お茶を飲み、おまんじゅうをほおばった。

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※「交換日記までいったのにね」に興味を持った人は
『２０００年ソルシエール』「ル・プチ・プリンス」参照。