ファーストドライブ（土曜日）

＜神さまが赤い花を集めていた時、暗いえんじ色の花が「私も赤い。我も紅」と言った＞
私は３軒の花屋で花を買う。そのうちの一軒で「われもこう」の名前の由来を聞いた。一番近所にある花屋が赤いミニカーネーションとひまわり、茎に小さいミノムシがついているような花、それらをアレンジした花束を作ってくれた。

「牛乳を飲もうとすると笑わせるんですよ」
剣道をしているという体格の良い男の子を連れてきてくれた。「Ｍらしいな」とパパも納得していた。○○一中のＭがいた。「Ｋａ」、「Ｓａ」、「Ａｙ」とお友達の名前を言うＭの声も思い出した。もう１０年も前になるが、私と同じアルバイトをしていたこともあるＫａちゃんのお母さんが、庭に咲いているコスモスをと今日持たせてくれた。濃いピンク薄いピンクそして白色のコスモスのか細くてやさしい風情、庭で咲いている見事に美しいであろう姿を思い浮かべた。１０月になり、ＫａＳａ　Ｋｎが来た。

まるでふきのような形状で３センチの太い幹、そして葉はない。おしべは金色で肉厚な花弁は６枚ある。花は直径８センチもあるハイビスカスのように大きい。もっと大きい花もあるそうだ。今日は、それが小学校時代に歌った「アマリリス」だと知った。

「ピアノにしますか、バイオリンにしますか」という質問から始まったレッスンは１６年続いた。
＜雨の日も雪の日も風の日も風邪の日も靴のヒモ台風でも、もちろんいいお天気の日も土曜日は毎週２０分のピアノレッスンと一時間のリトミックです。妹も受験となり、先生も都立の倍率を調べて下さったり、偏差値も教えていろいろ相談にのってもらったりしていた。私の希望で音楽学校へ行くためのレッスンも。発声のレッスンが加わり、時間も一時間になった。そして喫茶店のサロンでの発表会も２回目を終えた頃のことである。OL一年生になっていた姉の方は、残業に加え急な飲み会も増え、妹も幼稚園での実習や風邪、先生宅への途中のバイク事故などが重なり、何週か休むことになる。寒い冬に駅から遠くて暗いお屋敷町を歩き神社の横を通る心配もあって、「半年休んだら」と言ってしまった。あっけなくピアノレッスンの終わりがきたのだった＞『２０００ソルシエール』「バイリンガル」（アブソルートピッチ）

「リストの「ラ・カンパネラ」を弾こうか」
とおねえちゃんが言う。フジコヘミングのビデオを見せた日、焼酎をかなり飲んで帰って来たおねえちゃんが言う。
「一週間で弾ける様に練習しようか」
一週間後に行く予定のその店にはグランドピアノが置いてあるのだから。

初めて見るそんな形の皿に入ったスープが来た。螺旋階段を登った店にはピンクのクロスにピンクのナプキン、テーブルにはナイフとフォークがたくさん並び、フルコースの食事がこれから始まる。写真を撮ろうとデジカメを出したら店のお姉さんが声を掛けてくれた。「バッグに位牌を隠し持っている笑いきれない私達」を、「最後の本を持ちながら架空の結婚披露宴をしている私達」を、そうとは知らずに撮ってくれた。嬉しいのか悲しいのかいいことなのかなんなのか解らないまま今日の行事をこなしている私達に、グランドピアノの音が優しく降り注ぎ私達は耐えている。

レストランから「お誕生日特別コースを特別価格で」というハガキが舞い込む。そしてそれは家族の誕生日申告を操作したものなので一年中有効になるようになっている。「ご同伴の方何名様でも限定メニューを限定価格で」というまるでＭからのプレゼントのような招待状が届く。今日のレストランは大学通り沿いにある。ー店内は白とピンクを基調とした明るいイメージでまるでプロヴァンスのレストランのよう－と『Ｍチャンネル』「ゼクシィ」〈櫻）に出てくる方ではあるが。「ピアノレッスンのテーマ曲」が聴こえて、ひとっこひとりいない夜の大学通りへと螺旋階段を降りる。

このレストランへ来る前に私達家族はドライブをしている。
「最初に何処に行こうか」
「イトーヨーカ堂とかケヤキ公園とか？」
「ファースト・ドライブは？」
パパは質問しながらも答えを考えていたらしくそう言った。それは『Ｍチャンネル』「ラストドライブ」（お引越し）に呼応したものであの時と同じルートを辿ると考えたようだ。

＜まず保育園へ行く。高校へ行く。４小のグラウンド、公園へ行く。ピアノのレッスンを受けた学校へ行く。８小へ行く。１０年間住んだ家を見る。幼稚園へ行く。３年間住んだマンションを見る。駅のロータリーを回り、大学通りを走り、『Ｍチャンネル』「ゼクシィ」で結婚式をした螺旋階段を捜す。１中へ寄る。外から校庭を見て、門を見る。２時間の思い出めぐりをしてから高速インターへ行く。車は新居のある茨城へと速度を上げた。＞
その「ラストドライブ」の時、方向が違う専門学校だけに行けなかった。今日はそこへ行った。ここで一度は挫折しそうにもなりながら頑張って卒業し保育士の資格を得たのだと感慨深いものがあった。おねえちゃんは鉄の門の外から暗い校舎を眺めている。まるでそこに動いているＭを捜している様に思えて私は目をそらせた。入学式で写真を撮った門のあたり、闇にある校舎の全景、文化祭でにぎわっていた校庭、変わったつくりのブランコなどをデジカメに収めるよう夫に頼んだ。

数年前に子供達が探してくれば車を購入しようとまでもり上がったこともあった。だが子供達には大きなことで決断するのも難しかったのかもしれない。いつしか忘れたようなのでほおっておいたが、もっと積極的に手助けをしてやればよかったと悔やまれる。新居を訪ねることができるように（？）こんな理由で購入することになるとは。Ｍの名前のついたＭのナンバーを持った車が来た。

”うわばみがぞうをこなす”ように、話を聞く。バイクを傍らに置き本を読んでいたという話を聞く。その時間でも今よりもっと明るかったと言う。ベンチの前を何度か通りかかったが、ずっとひとりで下を向いて本を読んでいたという話を聞く。
店を訪ねる。夕方の家族づれでにぎわう様子を見る。アルバイトをしたことがあるその店の品は豊富で、楽しいものから専門的なもの、工具から植木までと多彩だ。レジのお嬢さんをみる。かつてそこにいてニコニコ笑って話しながらもちゃんとレジをこなしている姿を思い浮かべてみる。その店を頭に浮かべるのも、その前にあるよく通っていたレンタルビデオ屋を見るのもいやだった私は、それらの店に行き中を歩き回り行けないところがないようにとがんばってこなす作業をする。こなさなくてもいいのかもしれないけれど、こなさなければ前に進めない気もして、今こなしておかないとどんどん大きくなってしまいそうな気もして、歩き回りこなしている。

「暮れの冷蔵庫に続きとうとうデジカメを買いました。ビデオは録画もできるDVDに、そしてトイレはウォシュレットが付きました。もう少ししたら多分車も・・・。ごめんね。こんなに新しいものが増えてしまって、Ｍの知らないものを増やしてしまって。でも車の名前は○○○だよ。それで会いに行くから許してね」

昔は「ピアノレッスンの日」だった土曜日が、今、「墓参りの日」に変わった。
「１００年後はみんな死んでる」という言葉を捜し出したたママは『Ｍチャンネル』「ゼクシィ」〈櫻）にさくらを散らした。